犯人はヤス

金曜日, 04. 4. 2014  –  Category: ネタ

 真夜中というには些か早い時刻だった。
 家のインターホンが矢継ぎ早に三回鳴ったあと、郵便受けのフタがバタバタと開いたり閉じたりした。
 ヤスだ。
 近所迷惑だから止めろと言うのに全然改めない。
「うるせーつってんだろーが」
「おーっ、だいちゃん居たかー!」
 僕が玄関を開けると、入れとも言わないのにヤスは部屋に上がり、勝手に冷蔵庫をあけ、ハイネケンを取り出し、卓袱台の脇の、僕がさっきまで座っていた我が家唯一の座布団にどかりと腰を降ろしてプルトップを開けた。
「プハー! いや、実際お前はすげーわ! マジやべーわ!」
 こいつ、ウィスキー飲みやがった。
 ヤスはビールなら何杯飲んでも平気な顔をしている。こういう面倒くさいノリになっているのはウィスキーを飲んだ時だ。
「何の話?」
 ヤスはリモコンを取って勝手にテレビを点け、チャンネルを三周くらい変えた。最後のチャンネルでは、実力派女優が一般人男性(28)と電撃入籍!と報じていた。
「予言! 当たった! マジで! さすがっすわー!」
「予言?」
「一ヶ月以内にITなんとかの愛人が秒速一億稼ぐとかなんとか、ほら、花火の時」
「正確に言うと花火が見れなかった時だろ」
 花火大会の近所に住んでいるのでベランダで花火見ながら飲もうぜ、とヤスを誘ったは良いが、よく考えたら我が家のベランダは花火と逆の方角を向いていた。仕方ないので月見酒に変更した。その時に、愛人がどうのという話はした気がする。ITと秒速は覚えがないが。

 以下、二週間前の記憶から引用。

「そろそろ彼女いない歴がヤバい」
「ふむ」
「反応薄くね?」
「じゃあ、作れば? 彼女」
「だけど、前のに較べて顔もスタイルも服のセンスもイマイチなんだよ。いや、致命的に悪いってほどではないんだけど。おまけに趣味も合わないし、年増だし」
「うん? なに、そういうオファーがあるわけ?」
「オファーどころの騒ぎじゃねーよ、こう、上から目線で『なんだったら付き合ってあげてもいいわよ』つって鼻で笑いやがるんだよ。なんか金は結構持ってるらしいんだけど俺的にそんなのどうでもいいし」
「なるほど」
「どう思う?」
「知らんがな」
「なんだよ冷たいな」
「人それぞれだろ? 彼女いない歴とかに惑わされずにじっくり本命を待つもよし、据え膳はとりあえず食っとけって考え方もあるだろうし。まあ、ただ……」
 僕はそういえば月を見るのを忘れていたことを思い出して夜空を見上げた。
 満月でも三日月でもない中途半端な大きさの月が向かいの家の屋根のアンテナの先に浮かんでいるのを眺めながら缶ビールをあおる。
「ただ?」
「ただ、その手の女は、確実になんかよくわからん金持ちの愛人とかになってるよ。お前みたいのにコナかけてるところからして、今はフリーなのかもしれないけど、一ヶ月以内に確実にそうなるよ」
「えっ……なんでそんなこと分かるの? 預言者!?」

 引用終わり。
 うむ、言った。ITと秒速は知らんが愛人の話はした。
「なんかようわからん年商何十億のITベンチャーの社長だかなんだかと付き合うんだと。お前の言ったのと一言一句間違えないんでビックリしたわー」
「なるほど」
「いやー、マジ、お前すげーな! さすがやな!」
 ヤスは尻ポケットからマイセンあらためメビウスを取り出して一本咥え、焦っているのか、苛立っているのか、あるいはただ酔っているだけなのか、カチカチカチカチとライターを空回りさせた。
 僕は黙って灰皿を取り出して、そのなかなか火の付かないライターの前に差し出し、反対の手でベランダを指さした。
「部屋で吸うな」

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