彩雲国物語 白虹は天をめざす

日曜日, 09. 16. 2007  –  Category: Review

ああー、心配だ。

彩雲国物語白虹は天をめざす (角川ビーンズ文庫 46-14) 彩雲国物語白虹は天をめざす (角川ビーンズ文庫 46-14)
雪乃 紗衣

角川書店 2007-08-31
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おすすめ平均

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おーい、ちょっと落ち着け、とりあえず。
と、作者に言いたい。
茶朔旬あたりから微妙に気にはなっていた色々がいい加減冗談じゃなくなってきている気がする。
このままだと広げた風呂敷を畳む前に突風に吹き飛ばされてどこに行ったかも分からなくなる、下手したら中二病満開花吹雪の挙句に連載中断みたいな「PEACE MAKER鐵」路線へまっさかさまな空気が漂ってまいりましたぞ。
※以下ネタバレあり


一作目の「はじまりの風は紅く」は新人賞応募作品だったため、すくなくともまとまってはいた。
「美形の家人実はプリンス」設定だの「ダメ王様実は文武両道ヤリ手」設定だの「のんびり父ちゃん実は最強の暗殺者」だの、さらにノーマルカプには興味ない腐女子向けに衆道ポインツもそこかしこに(若者から仙人まで)ちりばめ、そこへもってきて大して美人ではない設定ではあるものの家柄はクソ良くて美形達にモテモテハーレム状態の主人公つー溶かしバターに手突っ込んだようなベッタベタさ具合で「これなんてドリー夢小説?」と何度呟けばすむのやら、と思ったものですが、ライトノベルの需要を考えればむしろ良くできているし、そのわりには主人公の動機付けやキャラ立ちもライトノベルの枠組みに甘えずに真面目に考えた感があって好みはともかく、なんも考えずにサクサク読めて「あー面白かった」と言う用途にはうってつけと思ってたのですが、二作目から風向きが変わり始めた。
期間限定の后妃の役割を終えて後宮を辞した秀麗をこのままラブコメ路線で動かすのは厳しいため(と、いうか単に作者がもともと「頑張る女の子話」を書きたくて、でも一作目はライトノベルを意識してラブコメ要素を強めただけってところだろうけど)、話の主軸を「秀麗、立派な官吏になりたい!話」に変更してしまった所が一つのターニングポイントだったと思う。
一作目はサスペンス風味ラブコメだったため、政治の話もあくまで欲望ベースを出ていなかった。「お兄ちゃんに帰ってきて欲しい」「町の人がバタバタ死ぬ社会はイヤだ」「見込みのある王なら真面目に仕えてもいい」云々。その考えや姿勢が正しいかどうかは問題にならなかったししなくてよかったんだけど、二作目以降「立派な官吏」を目標に据えてしまったために、どうしても「立派な官吏」とはどういうものなのか、という議論から逃げられなくなった。
私自身ラブコメは別に好きじゃないし、作者も書きたいものを書くぞ!という気合が感じられて、この方針転換自体が悪かったとは思わない。ラノベなんだから、政治に関しては上っ面だけ撫でてもっと適当に済ます方法もあったはずだけど、作者なりに「立派な官吏とは」という議論から逃げずに頑張っていた。
その上ラブコメ路線で主人公と絡みづらくなった王様劉輝と読者人気を鑑みて(多分。リアルタイムで知らないのできっと読者投票とかあって2位3位あたりを独占していたと想像)双花菖蒲を活躍させるため、「劉輝の立派な王様になりたい!話」を同時進行にさせてしまったため、さらに面倒臭いことに。
それでも三作目くらいまでは「逆風にもめげず頑張る秀麗」という主軸からブレずに、己の信じる正義を貫き通す秀麗を書いていたんだけど、だんだん「秀麗綺麗事吐き過ぎじゃね?」「あんな女実際社会に出たら超絶役立たず」「つーか何であんな世間知らず我侭女が美形ハーレム状態なんだ?」という感じで、最初は「ラノベなんだから多少のご都合主義は」と思っていた読者も作者の理想と願望の投影に過ぎない秀麗というキャラクターの独善にちょっと我慢できなくなってきた。
で、「王様になりたい話」を成立させる上でも本当に秀麗を「立派な官吏」にするためにも否応なく俯瞰的に見た「正しさ」というものを描かざるを得なくなった。
そのために秀麗とは異なる立場、異なる価値観からの正義を新しいキャラクターを登場させては秀麗の前に立ちふさがらせるんだけど、これが一つの落とし穴だよなーと思う次第。
様々な価値観や立場からの視点、ジェネラルな視点を持つというのは人の上に立つ上で欠かせない資質ではあるし間違ってはいない。そこに取り組むってのは凄く意欲的な作品だと思うし、自分には到底できないことだからあまりえらそうなこともいえないけど。だけど究極的なその答えって人類何千年の歴史でまだ導き出されていない。最終的なところでは欲望ベース、主観ベースの落としどころになんとか落とし込んでいるもの。
そこで読者が納得するような落としどころを提示するには、作者は力不足な印象を受ける。「これだろ!」と思って客観的な正義を打ち立てるんだけど、それを書ききる文章力って言う点でも、次の巻あたりで「やっぱ甘かった。。。」みたいな作者自身の価値観がブレてしまっているのを感じるっていう点でも。
秀麗に別の価値観が立ちふさがって、それを乗り越えるなり受け入れるなりしての繰り返しを行うことでトーナメントの決勝戦は来ないし、バトルマンガではお約束の強さのインフレならぬ正しさのインフレが起きてしまう。
その結果、劉輝、絳攸、楸瑛がヤムチャ化してしまったことに気づいた作者がここ数作で仕切りなおしを図ってるんだけど、苦しいよね。。。。
楸瑛はもともと武官設定だったから正しさトーナメントからは離脱させて、「実はスーパーサイヤ人でした」的な反則技で強さトーナメントの頂点に一抜けさせてましたけど、他のはどうすんでしょ。
やっぱね、この正しさトーナメントを続ける限り、作者が疲弊するばっかで出口がないと思うのよ。真面目にやろうとすればするほど、メンタルにやられるだろうし、無理やりアウトプット出そうとすると中二病みたくなる可能性高し。
ていうか既にその兆候は出ていて、あーやっちゃった、マズったなー、と思ったのは呪術関連が出てきたときね。
こういう陰謀劇物に魔法だの幽霊だのって目茶目茶食い合わせ悪いのよ。
だってどこが限界かわかんないからアリバイもクソもないし、だからファンタジー物を書く場合によく言われるのは「その世界の魔法はどういう原理で成立していてどういう制限や制約がありますか」みたいな設定をきちんとしろ、ってことなんです。
あの「氷と炎の歌」ですらメリサンドルがレンリー公を魔術で暗殺したときには「ええ~!? じゃあロブもジョフリーもこいつがブッ殺して終わりじゃね? あとターガリエンのドラゴンと一騎打ち? うそーん」と若干萎えかけた。
「よき王様になりたい物語 中華風」としては小野不由美「十二国記」シリーズもなんだけど、あれは人智を超えた力の範囲を限定したり定義をはっきりさせること、使いどころを考えることで「最後の一ページで新キャラが出てきてそいつが犯人」みたいな事態を避けることに成功している……と思う。
で、前作までは「こっちでーす!」と言った次の巻で「やっぱこっちでしたー!」みたいなブレはありつつもとりあえず指は指していた。んが、もはや今作、「どっちだかわかりませーん!」になってしまっている。指すら指していない。おまけに縹家をクローズアップするために成り行きで呪術関連を表沙汰にしてしまい、この風呂敷の畳み方が分からなくなっている。
そしてこれらの作者の混乱を証明するがごとく、文章が壊滅状態。
一般的な小説では嫌われる色々な禁じ手を行使しても許されるラノベとはいえ、さすがに今回は酷い。
一番酷いのは、やはり作者の焦点が支離滅裂になっているのをそのままあらわしたような視点のブレ。これは読んでて凄く気になる。
いわゆる神様視点の小説では複数の人間の心情を同時に描写することは許されるが、「○○は××した」が続く単調な文体になりがちなので特にラノベではあんまり使われない。
一方視点を固定した場合、一つの節、章の中では視点を変えてはいけないという鉄則が存在する。
psiの文章力で上手く例をかけるか分からないですが、ラノベ風例文。
–神様視点
 ガッ、と鈍い音がした。
 ユウタは脳みそが揺れる振動と、次第に熱を帯びてくる顎に体中の血液が集まってくる脈動を感じて頬を押さえた。
(ちくしょう、思い切り殴りやがって)
 ユウタは心の中で毒づいた。
 ケンジは倒れたユウタを見下ろし、やりきれない思いで唇をかみしめた。
「なんで、……なんでボクに言わなかった!」
 ケンジは吐き捨てた。
(あの時、ボクに一言言っていれば、こんなことにはならなかったのに。それは、ユウタにだって分かっていたはずだ)
 思い切りユウタを殴っても、ケンジの心の中は依然、雨の降り出す直前の空のようにどんよりと曇っていた。
–ユウタ視点
 鈍い音と主に脳みそが揺れた。殴られた顎が次第に熱をもち、体中の血液が集まってくるのを感じてユウタは頬を押さえた。
 ちくしょう、思い切り殴りやがって。
 ケンジは唇をかみしめてユウタを見下ろしていた。
「なんで、……なんでボクに言わなかった!」
 ケンジは吐き捨てるなり、今にも泣きそうな顔で口をつぐんだ。
……こんな感じ?
要は、視点固定の場合、地の文で心の声を書いてもいいってのと、視点の持ち主以外の心情は見た目から分かることと視点の持ち主が推測したこと以外は書いちゃだめってのが大きなポイントでして。
それが今作の場合、その場面に登場した皆さんが好き勝手に地の文で心の声を披露しあっているので凄い違和感がある。
編集さんは何をしているんだろうか。。。
スポイルされる前にちょっと休ませたほうが良いと思いますよ。マジで。

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3 Responses to “彩雲国物語 白虹は天をめざす”

  1. Sani Says:

    このライトノベルを全然読んでもいないのに、それがどんなふうにダメになっていったかがよく分かるすばらしい分析に感動。
    小説もね、どっかで破綻すると、ひとつだけを取り繕えばいいものなのに、かえって傷口を広げるようなことがよくあるよね。
    此所まで来たら休載しかない気がしますが…。
    編集の腕の見せ所やね。 ふぃー。
    自分は万が一長期物を書かせてもらえる立場になったら、破綻せぬよう最初から物語の終わりを決めておこうと思っとります。マル。

  2. ナナミ Says:

    原作に手を出されているんですか!すごいですねー。
    アニメは(声優さんが豪華なため)見てますが、原作は立ち読みで地雷臭が漂ってきて怖くて読めません。アマゾンさんはしつこくおススメしてきますけど。
    官吏を目指すと究極的には王様になりたくなるのでは…だったら劉輝と結婚しちゃった方が早いよネ、という考えの大人は読まない方が良いみたいですね。

  3. psi Says:

    >Saniさん
    マジっすか? 自分で書いた後読み直して「これ彩雲国知らない人には全然意味不明だな」と思っていたのですが。
    Saniはたぶんテーマありきで描く人っぽいので、主軸からしてブレるってことはなさそうですけどね。あと、破綻しようがしまいが画のレベルが維持できなくなったら自己休載しそう。
    まあ、作者の意図を離れて所謂「キャラが勝手に動き出す」のも魅力的な作品の基準のひとつではあるので、あんまりがっちり最初から決めちゃうのもアレだとは思うんですがね。
    何事にも限度ってものがね。ねぇ?
    >ナナミさん
    はいー。原作も手だしちゃいました。(マ王でラノベ買うのに抵抗がなくなった模様)地雷臭は感じたんですが一作目が思ったほど悪くなかったのでそのまま調子に乗って続きも読む羽目に。
    何か、映像化されてる作品見ると(実写・アニメ問わず)どういう文章がこういうアウトプットになってるんだろう? って気になっちゃうんですよね。どこからどこまでが映像作家の脳内補完なのかなーと。
    ちなみに地上波ではまだトイレ掃除とかやってます。
    >だったら劉輝と結婚しちゃった方が早いよネ
    ……確かに。
    現代っ子の感覚だと王権と行政は分けて考えるべし的なアレがありますけど、中世中国風だったら全然アリですよね。
    則天武后とか「旦那を尻に敷いて政治家として存分に活躍(というか独裁)しつつ、後宮を逆ハーレム化する」という神業を成し遂げているわけだし。

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