DEATH NOTE アニメ最終話

水曜日, 06. 27. 2007  –  Category: Review

これがマッドハウスクオリティ……!
というわけでポテチ伝説を打ち立てたマッドハウス、最後までクオリティ高ス! マンセー!
そして宮野真守大奮闘。
まあね、細かいこと言えば残念なところとか拍子抜けなところはあるわけですよ。
残念なところは最後にリュークに見放される近辺の描写から月が死ぬまでがかなり簡素化されてしまったところ。
前回のアイキャッチで出てはいたものの、「デスノートを使用した人間は天国にも地獄にも行かない」って台詞が最後になってもう一度意味を帯びてくるってのが結構気に入りだったのだが。
でも、ジャンプで読んでて倉庫での攻防は若干冗長に感じたので2回に纏め上げた方向性はよいと思う。
そして一番拍子抜けしたのはエルのからみとミサの扱いについて。
原作では最後をああいう風にする予定はなかったのか、エルを結構あっさり殺してしまい、月がそれほどエルに執着心があったと思える説得力のある描写のないまま、終盤しつこいように「ニア、お前はエルとは違う……っ!」みたいなニアとエルを比較してエルが最高唯一の好敵手的書き方をされていて、若干唐突な感じを受けるわけです。「え、お前そんなエル好きだったの? 別れたら急にいい女って気づいたの?」という感じです。
アニメ版でエルの死ぬ回、衝撃の足マッサージ事件などが起きる訳ですが、腐女子的にはそんなあざとい公式設定萎えるだけなので止めて欲しいって感じでしょうが、psi的には終盤「エル、エル、エル!」な月に説得力を持たせるために、なんか月とエルの関係性を深めておこうという意図かと思い、「さすがマッドハウス!」とか超絶感心していたのですが、最終回では「エルとは違う!」描写はあっさり省略。微妙にニアが聞かれもしないのに「一人ではエルにはかないませんが」みたいな事を言うのみ。
何のためのマッサージだったんだ!
それからミサ。いくら悲惨な過去があったとしても、キラをヒーローとして崇め奉る価値観というのはある程度中二病入ってないとありえない。ミサのそういう(デスノートを持つ前から持っていた)思想を見た目でわかりやすく表現するのがゴスだったわけです。だからこそ、初期のオープニングはネオヴィジュアル系とか言われてるけどボウイ直系(=X直系、ルナシー直系)のボーカルを響かせる懐かしい感じ満載のヴィ系バンドだったわけで。
まあところが原作では途中ミサのゴス色はどんどん希薄になっていき、別にそれはそれで構わないんだけど、一番最後の見開きページを見たときにすごい違和感を感じるわけです。(ミサではないという説もあるようです。私も一番最初ジャンプで見たときはぜんぜん関係ない人かと思っていたし。しかしゴス思想を引きずっているとすれば、ミサが一番つじつまは合うと思う)
これもまたマッドハウスは気づいていたのかエルが死ぬ回、ミサがゴスロリで街を徘徊する描写、ミサのゴスゴスな部屋の描写をすごく印象的に配置していたわけです。私は「わかってるよマッドハウス!さすがだよ!」と悶絶していたわけですが、最終回ではやっぱりミサのあのシーンはなし。意味ねぇ。でもゴス服で屋上に佇むシーンを見るに、やっぱり上記の意図はあったんじゃないかなと思います。でもまあ期待してただけに拍子抜け感は否めず。
#関係ないですが佐々木望の演じるキャラってイマイチ共感できないのが多くて、声もそんなにすごい魅力的と思えないことが多かったんだけど、今回幽助だのユリアンだのの比じゃないくらい共感できないキャラにもかかわらず佐々木望がすげい良かった。
##松風番長はもっと低年齢キャラの方が好き。っていうかダイスケが好き。

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